まず 88888募集!
右上のカウンタを確かめて88888だったらコメントしてください。表彰します。
観念の中にしかなかった卒業が現実になるなんて・・・
いやなるに決まってたんだけどね。やっぱり実感がない。
文化祭があんなだからあんな卒業式で許されるって言うのがあるのかな。
もちろん、dodoさんのスピーチなどは素晴らしかったと思います。
問題にしてるのは式の空気ですw
まぁ僕なんかは東京にまだいてまだ会う人もいそうだけど、
そうでない人にとってはあれでよかったのだろうか、というのは思ったりする。
G先生から高校時代の写真をいただいていて、
もうすぐみんなにも公式に分けられるようにするはずですが、
みていてすごいみんな成長したなと思いました。
文集は今の視点で再解釈された歴史が書かれてるから、
なんかできすぎてる感じだけど、
高1くらいだと結構まだ幼かったということを痛感させられました。
文集といえば。
やっぱり多様になるんだねぇと思いました。
同じレールの上にいたはずなのに、切り取っている世界が違ったうえ、
さらに文集にする時点で切り取り方が違うという。
文章それ自体より、文体とか書いてある内容の選び方とかが
その人の特徴をきっと体現してるのだな、などと考えました。
まぁこれは仮説の域を出ないので検証は20年後くらいかな?
僕自身どこまでひとりひとりを見ていたのかと言うとあやしいけど
(まぁ逆もある程度は然りですが)
いろんな人に出会えて、昨日までもいろんな人の意外な側面をみれました。
気の合わないようにみえるやつでも、案外人間として考える根本的なことは
同じなんだなぁと思ったり。
僕はたぶんあさましいまでの性善説信者ですが、
やっぱり人間を汚くするのはプライド・邪念をはじめとする
「核心のとりまき」だと思いました。
その「とりまき」までをその人間と見るか、「核心部」をその人間と見るか。
なんかいい方が必ずしもよくないかもしれないけど、
人の意外な側面をみると、みえてなかった核心部がみえてきて、
その人が立体的に見えてくるものですね。
みなさん。本当にお世話になりました。
いろいろ引っ張ってくれた人はもちろん、
目立たずにいた人にこそお世話になりました。
直接一人一人にはお礼を言って回れないのが残念。
目立たなかったり、言わなかったりするものに僕はかなり無頓着だったので、
そういう人には結構迷惑もかけました。
僕を救ってくれた人もたくさんいましたが、
お礼は言い足りないものと思っています。
みんなありがとう。
先生がどれほどここを見ているのかは知らないけれど。
お世話になりました。ありがとうございました。
18世紀のサロンがそうであったように、知的な空間が提供されていただけでも
とても充実した毎日でした。
もちろんそのメンバーだったみんなに感謝すべきなのは言うまでもないですが。
大学はそんなにおいしくないところなのでしょうが、なんとか頑張りたいですね。
(規模が大きいと悲しいかな、規模の弊害っていうのが出てくると思うんだよね。
経済学の教科書だと「規模の経済」といって大きいのはたいがい善だけど、
人間関係とか社会についていえばそれは必ずしも正しくないよなぁ。)
後輩のみんなは頑張ってください。頑張り方は自分で考えてください。
これまでROMってた人も最後だしコメントもらえるとうれしいです。
あ、この日記は存続しますけどね。
右上のカウンタを確かめて88888だったらコメントしてください。表彰します。
観念の中にしかなかった卒業が現実になるなんて・・・
いやなるに決まってたんだけどね。やっぱり実感がない。
文化祭があんなだからあんな卒業式で許されるって言うのがあるのかな。
もちろん、dodoさんのスピーチなどは素晴らしかったと思います。
問題にしてるのは式の空気ですw
まぁ僕なんかは東京にまだいてまだ会う人もいそうだけど、
そうでない人にとってはあれでよかったのだろうか、というのは思ったりする。
G先生から高校時代の写真をいただいていて、
もうすぐみんなにも公式に分けられるようにするはずですが、
みていてすごいみんな成長したなと思いました。
文集は今の視点で再解釈された歴史が書かれてるから、
なんかできすぎてる感じだけど、
高1くらいだと結構まだ幼かったということを痛感させられました。
文集といえば。
やっぱり多様になるんだねぇと思いました。
同じレールの上にいたはずなのに、切り取っている世界が違ったうえ、
さらに文集にする時点で切り取り方が違うという。
文章それ自体より、文体とか書いてある内容の選び方とかが
その人の特徴をきっと体現してるのだな、などと考えました。
まぁこれは仮説の域を出ないので検証は20年後くらいかな?
僕自身どこまでひとりひとりを見ていたのかと言うとあやしいけど
(まぁ逆もある程度は然りですが)
いろんな人に出会えて、昨日までもいろんな人の意外な側面をみれました。
気の合わないようにみえるやつでも、案外人間として考える根本的なことは
同じなんだなぁと思ったり。
僕はたぶんあさましいまでの性善説信者ですが、
やっぱり人間を汚くするのはプライド・邪念をはじめとする
「核心のとりまき」だと思いました。
その「とりまき」までをその人間と見るか、「核心部」をその人間と見るか。
なんかいい方が必ずしもよくないかもしれないけど、
人の意外な側面をみると、みえてなかった核心部がみえてきて、
その人が立体的に見えてくるものですね。
みなさん。本当にお世話になりました。
いろいろ引っ張ってくれた人はもちろん、
目立たずにいた人にこそお世話になりました。
直接一人一人にはお礼を言って回れないのが残念。
目立たなかったり、言わなかったりするものに僕はかなり無頓着だったので、
そういう人には結構迷惑もかけました。
僕を救ってくれた人もたくさんいましたが、
お礼は言い足りないものと思っています。
みんなありがとう。
先生がどれほどここを見ているのかは知らないけれど。
お世話になりました。ありがとうございました。
18世紀のサロンがそうであったように、知的な空間が提供されていただけでも
とても充実した毎日でした。
もちろんそのメンバーだったみんなに感謝すべきなのは言うまでもないですが。
大学はそんなにおいしくないところなのでしょうが、なんとか頑張りたいですね。
(規模が大きいと悲しいかな、規模の弊害っていうのが出てくると思うんだよね。
経済学の教科書だと「規模の経済」といって大きいのはたいがい善だけど、
人間関係とか社会についていえばそれは必ずしも正しくないよなぁ。)
後輩のみんなは頑張ってください。頑張り方は自分で考えてください。
これまでROMってた人も最後だしコメントもらえるとうれしいです。
あ、この日記は存続しますけどね。
コメント
たしか、でんでんとは55thのK山君問題で
話をしたことがあったような気がします。
色々とお世話になりました。
たまに、日記を読ませて頂きます。
今後とも宜しくお願い致します。
でたwww
そんなこともありましたね(とかいうと本人が出てきそうで怖い
はい、こちらこそ。今後ともよろしくお願いします。